8-3『生き残った者と……』


 村の一角、傷病者収容用の病院天幕が展開されている。
 その病院天幕は、中心部から離すように設置されていた。その理由は収容されている患者達にあった。この病院天幕は隊が回収した、親狼隊の負傷者が収容されている天幕だった。その、仮にも村を襲撃した組織の一員である傭兵達と、被害者である村人が接触する事が無いようにという、両者の感情と安全に配慮した上での配置であった。
 病院天幕の内部では複数の簡易ベッドが並び、手当てを施された傭兵達が寝かされていた。

親狼Q「……」

 その中で、一人の女傭兵が、横になった状態で天井を見つめている。
 親狼Qという名の彼女は、自分の置かれた状況に複雑な感覚を覚えていた。
 彼女達は先程、自分たちの所属する月歌狼の傭兵団と、ここの正体不明の組織が停戦した事を聞かされていた。しかし、彼女はそれを正直に受け入れる事ができなかった。
 彼女は決して自分から戦いを望む性格ではなく、傭兵としての意識も高い方ではなかった。実際、ここの組織に人間から施された怪我の手当てや、与えられたいささか風変わりだが不快ではないベッドなど、虜囚というには異様に丁重な扱いには、不気味の思いつつもどこか安堵を覚えていたほどだった。
 だが、それでも仲間が多く死んでいった事実。そしてその仲間を殺した相手に助けられたことに、少なからず複雑な思いがあったのだ。そして、そんな状況下でも、助かった事に安堵感を覚えている自分に、どこか悔しさや腹立たしさを覚えていた。
 心の整理の付かないでいた彼女だが、その耳が物音を捉え、彼女の思考は中断される。視線を移せば、天幕の出入り口が開かれ、一人の人間が入って来た。

衛隊A「いいかい」

 入って来たのは、緑を基調とした、奇妙な柄の服に身を包んだ男。

衛隊A「君達の仲間の一人が、手を尽くしたが、正直危うい状態だ。親狼Rという名の男性だ。誰か立ち会って欲しい」

 男は天幕内にいる傭兵達全員に向けて言った。
 男の言葉に、傭兵達は微かに騒めく。しかしすぐに名乗りを上げる者はいなかった。
 同じ傭兵隊と言えども、皆が顔見知りというわけではなく、その名に覚えのない傭兵達は、名乗り上げるべきか決めあぐねているのだろう。そもそも、動ける状態ではない者がこの場では過半数だ。
 しかし、親狼Qはその名を知っていた。友人という程ではないが、幾度か会話を交わしたことのある傭兵だった。そして幸い、親狼Qは自分で歩く程度はできる状態であった。

親狼Q「……あの、私が――」

 一瞬警戒心を抱き躊躇したが、しかし彼女は意を決して名乗りを上げた。



 傭兵の親狼Qは、衛生隊員の衛隊Aに案内され、処置天幕に隣接する重傷者用収容天幕にたどり着いた。
 親狼Qの通された天幕内には、処置を終えたばかりの衛生と、見張り役の三曹の姿があった。そして天幕内の中央には、先程自分が寝ていたのと同じ、変わった形状のベッドが置かれている。そしてその上では、覚えのある人物が横になっていた。

衛生「声を掛けてあげてください」

 中にいた衛生に促され、エスティナは少し戸惑いながらもベッドに近づき、そこで寝る傭兵の顔を覗き込み、声を掛けた。

親狼Q「親狼R……?私の事分かる?リデラナ隊の親狼Q」

親狼R「………あぁ」

 エスティナの掛けた声に、親狼Rという名の傭兵は、力ない返事を返した。

親狼R「どうなったんだ……?」

親狼Q「……停戦だって、信じられないけど……」

親狼R「停戦――そうか」

 聞いた親狼Rはほんのわずかに表情を顰める。エスティナ同様、複雑な気持ちなのだろう。

親狼R「メナの坊主はどうなった……途中まで一緒だったろ……?」

 親狼Rは、傭兵団でも最年少であった側近の少年傭兵の安否を尋ねる。
 メナ少年は他の傭兵達から良く目を掛けられており、彼もメナをよく可愛がっているその一人であった。

衛隊A「あの少年なら、一足先に傭兵隊の元に帰した。あんたたちの事も状況が落ち着いたら、再び傭兵隊と接触して、引き渡すことになってる」

親狼R「そうか、じゃあメナの坊主は無事だったんだな……」

 衛隊Aの言葉を聞き、親狼Rは安心したような表情で口にする。そしてうっすらと開いていたその目を、ゆっくりと閉じた。

親狼Q「親狼R……?」

 親狼Qが名を呼ぶも、親狼Rは返事を返さなかった。

衛隊A「ッ!――まずい、どいてくれ!」

 状態の変化に気付いた衛隊Aは、やや荒い動きで親狼Qをその場から退かせると、親狼Rの体に飛びつき、心臓マッサージを開始する。

衛隊A「おい!聞こえるか、しっかりしろッ!」

 そしては怒号に近い声で、親狼Rに向けて呼びかける。

親狼Q「親狼R……!」

 衛隊Aの動きは荒々しいが、それが仲間の傭兵の命を救おうとしている行為だという事は、親狼Qにも理解できた。しかし、痛みを感じる域で胸部を圧迫しているにも関わらず、傭兵の親狼Rが反応を示すことはなかった。

衛隊A「衛生、電気ショックを!」

衛生「衛隊A……」

 傭兵親狼Rがもう長くは持たない事を分かっていた衛生は、衛隊Aを止める声を掛ける。

衛隊A「しっかりしろ!目を開けろッ!」

 しかし衛隊Aは掛けられた声に耳も貸さずに、心臓マッサージを続ける。

衛生「おい衛隊A……ッ!」

 衛生が、今度は衛隊Aの肩を強く掴んで、彼を止めた。

衛隊A「ッ………畜生ッ!……またかよ……ッ!」

 衛隊Aは声を荒げてベッドの端に拳を叩き下ろし、そしてうなだれた。

衛生「――あなたも怪我をしてるのに、無理に立ち合いを頼んですみませんでした。あなたは、戻ってくれてもかまいません」

 衛生は親狼Qに向けて言い、促す。

親狼Q「ううん、ごめん。もう少し居させてもらえないかな……」

 しかし親狼Qはもう一度ベッド上の親狼Rに寄り添い、力ない言葉を発した。言葉を受け、衛生は見張り役の三曹に振り向く。三曹は「かまわない」といった風に頷いた。

衛生「では三曹、ここはお願いします。行くぞ、衛隊A。俺達にはまだ役目がある」

 先の戦闘で発生した多数の負傷者や死傷者。その対応を求められる彼等衛生隊員には、休む暇も嘆く暇も今は無かった。

衛隊A「あぁ……」

 衛隊Aは力ない返事で答え、二人はベッドを離れて天幕を出ようとする

親狼Q「ねぇ!」

 しかしその時、親狼Qが去ろうとした衛隊Aを呼び止めた。

親狼Q「どうしてそこまで懸命になってくれたの……?」

衛隊A「……俺達だって、好きで殺し合いしてるわけじゃねぇんだ……」

 それに対して、衛隊Aは一言だけそう答えると、衛生を追って天幕を後にした。



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